【第1話】
あれはいつだったかだいぶ前のことである。ちまたで「究極の選択」という遊びがはやっていたことがあった。「カレー味のウンコと、ウンコ味のカレーとどっちを選ぶ?」といっては、友人たちとワイワイしたものである。
その日は、仮説実験授業研究会(たのしい科学の授業をしている人々の会/学校の先生方が多いが、誰でも参加できる)の全国大会に行ったときだった。そこは講座ばかりでなく、本やおもちゃ、実験道具などさまざまな物品を売る店が並ぶホールがあり、私も「ケロちゃん」という小さな紙人形と本を並べ、売り子をしつつ、参加者の友人たちと例のカレー談義に花を咲かせていたのである。
そこへ、Y先生が立ち寄られ「たのしそうだねえ、なんの話をしているの?」と声をかけてくださった。Y先生といえば、たのしい科学の実験をたくさん紹介してくださり、かつ、美男子さんで見目麗しくすこぶるに穏やか、上品紳士先生でいらっしゃる。まさか、かようなビロウ話をしては失礼かとためらわれるのだが、そういえば先生は〈食べ物とうんこ〉という授業プランを作っておられるのだから、そうまずいことではないかもしれないと、思い切って話の中身をお伝えしてみた。すると、
Y先生いわく「ウンコ? あー、固形物のほうのね」とおっしゃる。さすが理科の先生。分類の仕方が科学である。さらに、
「そうだねえ、私が選ぶとしたら、〈カレー味のウンコ〉かな」とまでおっしゃったので、思わず「えっ、先生、元はウンコですよ、ウンコ。カレーじゃなくて〈ウンコ〉でいいんですか?」と申し上げると、「だって、カレー味なんでしょう」と。そ、そうだけど。
もう、そこからはY先生もご一緒にみなでカレーだ、ウンコだとワイワイ談義に突入していったのでありました。
Y先生って、すごい。なんかすごい。
【第2話】
その翌日だったろうか。再び店番をしていると、Y先生がにこにこしながらやってこられ、ポケットから何かを取り出してポンと目の前に置き、こうおっしゃった。
「これ、ウンコの化石。ウンコ石です。さっき、近くの川原へ行った時に拾ったんです」と。
ほんとだ、ウンコ色だし、形だし。「ゲッ、先生、これ、本物?」(Y先生、にやにや。)
手に取って見てくださいと手渡されてしまったので、しかたなく持ってみましたけども、いいのか素手でさわって?
感触は固い。そして重い。石ではあるようだ、が、ウンコにしか見えん。今、私、ウンコ持ってる。ゲッ!
思わず手から離して下におこうにも、ここは店先、しかも売り物の本が置いてある。あ、でもY先生が一番最初、目の前に置いたのはこの本の上だった…
そして「これどうぞ、差し上げます」とおっしゃると、Y先生は風のように爽やかな笑顔で去っていかれました。
さて、私の手のひらには、ウンコ石。これを、どこに置いたもんだか。まさかまた本の上に置くわけにはいかんだろう、本、売れないよなあ。いや、案外話題になり、かえって売れたりして? でも本の上にじかにおくのはちょっとなんだし。
とりあえず、取り出したハンカチの上にのせ、飾ってたみる。あら、なんか、可愛いかも。花柄のハンカチに鎮座するウンコ石。
その後、立ち寄ってくださったお客さまに「これ、Y先生が拾ったウンコ石です」と紹介し、「でねっ、Y先生はどっちを選んだと思います?」てなことで、引き続き究極の選択談義はいっそう盛り上がったことでありました。
【第3話】
後日のこと。同じ研究会系列のサークル(西多摩仮説実験授業をうけてたのしむ会/道楽科学会主催)に参加したときでありました。
まだ会が始まる前、早めにいらっしゃったTさんにこの石をお見せしたら、Tさん、やおら会場のお部屋のドアのところへ行き、床にティッシュペーパーを広げ、くだんのウンコ石を置いたのです。つまり、あとから来人人がドアを開くと、そこにウンコ石がティッシュとともにころがっているという図ですな。
なんちゅう遊びを考えますかねえ。かりにもTさんは小学校の先生でいらっしゃるのですぞ。T先生、たのしすぎますって。ドアを開けた方々は、そりゃあもう、ワーとか、キャーとか、いぶかしげに遠目から眺める人とか。まあなんとも和やかな会の始まりとなったのでありました。
こうしてティッシュ付きウンコ石を眺めたあとは、〈もしも原子が見えたなら〉という、原子分子の世界をたのしむ授業を受けるという崇高な科学のかほり高い時間。なんともはや。
ところで、ウンコも石になるんだろうか。水分が蒸発すればウンコだって石になるのかも。ほんとかあ? ぜったい、ちがうような気がするんだけど、私。
石の形がウンコににてるだけ、ですよねえ、これ。
そうは考えたものの、目の前のどうみても本物のウンコにみえる石に、やっぱりにやりとしてしまう。石ってなにやらおもしろそう。
最近になって、Twitterで古生物学者さんの紹介する「ウンコ石」を見ることがありました。ウンコ石は「糞化石」とよばれていて、中には細かくなった肉食動物の骨がいっぱい入っているというものです。ウンコから生物の営みのいろんなことがわかる貴重な資料なんだと知ったしだい。
(あれ?私、いつの間にか石のこと調べたりしてるがな。)
Y先生もT先生もそんな能書きはおっしゃらなかったけど、あの一件はウンコに親しみつつたのしく科学する入り口だったんだなあと思うのでありました。(おしまい)
【お借りした写真資料】
いただいたウンコ石はその後、わがやの本棚にティッシュペーパーを台座にして飾ってあったのですが、引っ越しのバタバタで紛失。返す返すももったいなき思い。
しかたがないので、とりあえずネットで拝見した画像を添付いたします。「恐竜の糞化石」だそうです。
産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地質標本データベースより