2017年7月15日土曜日

おがみ様

ちょいと,むかし。
海辺のちいさな町に,チビトモという子どもがいたそうな。
そのチビトモのひいばあちゃん,(といってもチビトモが生まれたときにはもう亡くなっている)は,「おがみ様」だったそうだ。

おがみ様とは,祈祷師の一種のようなものらしい。亡くなった人をしのぶときとか,海で漁をするときに安全を祈ってもらうとか。そういう人のことを地元では「おがみ様」と呼んでいた。

なんでも,チビトモのひいばあちゃんは,目が見えず,そのまた母さんのひいひいばあちゃんという人もやはり目が見えなくて,おがみ様をしていたそうである。つまり,おがみ様とは,目が不自由な人の職業でもあったわけである。


 さて,そのひいばあちゃんのおがみ様業だが,その当時は,たいそう繁盛していたらしい。

ばあちゃんの話によれば,「おらのおがさん(ひいばあちゃん)は,よく当たる人でねえ。おがみさ来てくれる人がいっぱいいたもんだよ。」という。

そんなわけだから,おがんでもらいに来た人が持ってきた食べ物やなにかで,戦時中でも広い家に住み,当時では珍しい,大正琴や蓄音機もあるような不自由のない暮らしをしていたそうである。


 ところで,あるとき,ばあちゃんはチビトモに,おがみ様だったひいばあちゃんがどんなに立派な人だったかを話してくれたことがあった。
なんでも,おがみ様ばあちゃんは,たいそう頭がよくて,いろんなことをとてもよく知っている人だったそうな。
目が見えないから出歩くことは不自由だったけれども,ばあちゃんの話をよく聞いて,そしてよく覚えていたという。

つまり,目の見えるばあちゃんがいろんな出来事や話を見聞きし,おがみ様ばあちゃんに話す。
すると,おがみ様ばあちゃんはとても覚えがいいからその話をよく記憶していて,祈祷の仕事におおいに役立つ。こうして,おがみ様は大繁盛というわけだ。

 また,当時地元では,海で漁をする人々がたくさんいて,小さい船をこいで出かけるような危険なことが多かったから,無事を祈ってもらうということがとても大事な時代だったらしい。そういうこともあって,おがみ様は,暮らしにかかせない役割を担っていたらしいのだ。


 さて,そんな腕利きのおがみ様ばあちゃんであったが,ひとつ,予想できなかったものがあった。
それは,チリ地震津波。この突然の大きな津波に襲われ,おがみ様ばあちゃんとばあちゃんは,命からがらなんとか丘の上に逃げおおせたものの,家も家財道具もほとんどなくしてしまったということである。

 ところで,チビトモの家には,おがみ様ばあちゃんの祈祷グッズが残っていた。水晶玉だの,ぜい竹だの,ノドに小骨が刺さったときに,これでノドをなでれば取れるという象牙の箸だの。
他にも何につかうのか,まが玉だの,さまざまな色の数珠だの。易学の書物だの。
津波にあっても,三種の神器だけはしっかり守ってきたのである。


そこで,せっかくこれだけのご祈祷グッズがあるのだから,ひまごのチビトモがおがみ様業をついでもよさそうなものであるが,どうもそのようにはならなかった。

それどころか,まるで反対の道へと向かっていた。

たとえば,だれかにお守りのお札をもらうと,中を開けたら御利益がなくなるというのにもかかわらず,どうしてものぞいてみたくなってしまう。「中には何か金ぴかの観音様のような神々しいものが入っているんだろうか?」と気になってしかたがないのだ。

こうなると,ためしてみないではいられない。
紙封筒入りのものは破り,もっと頑丈な透明プラスチックの,周りがパウチッコみたいにあっ着されているものでも,ハサミを入れて解剖せずにはおれなかった。

そうして,お守りというものは,
「中身はだだの小さいボール紙が一枚。それも裏が灰色の安っぽいぺらぺらのやつみたいなのが入っているだけなんだ」
ということを,つきとめてしまうような子どもに育ってしまった。


かくもまあ,おがみ様とは正反対のところに来てしまったのは,いったいなぜであろう?

それは,おがみ様業が,目の見えるばあちゃんの見聞で成り立っているという舞台裏を知ってしまったからなのか。
それとも,どんなに優れたおがみ様でも「チリ地震津波を予言できなかったではないか」と悟ったからか。

 いやいや,どうもそればかりではないようである。

チビトモの“視力が弱い”ところは,なるほどおがみ様ばあちゃんに似てはいるものの,肝心の「<物覚えがずば抜けて優れている>という,おがみ様業になくてはならない才能」が,皆無だった。
つまり,目のみならず,記憶力ノーミソも弱かったからにちがいないのである。
おがみ様になるのは,容易なことではない。

ところで,あの祈祷グッズだが,今も納戸にしまってあるそうな。
そのままにしておくのはもったいないが,どなたか,
「おがみ様」してみます?


「おがみ様ごっこ」をして遊ぶチビトモ
 (その22/記:2007年7月11日)

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