【小話:その4】

あれは確か水彩絵の具のチューブみたいな,小さいアルミの容器に入っていたと思う。
私の母は,これを眉毛に塗っていた。母の眉は薄くて「お公家さん」みたいだったから。
たぶんちょっと高価なものだったのだろう。母はこの薬を指で自分の眉が生えてきてほしい辺りに,ていねいに注意深く伸ばしていた。
そしてそのあと母は,薬が幾分付着していたであろうその指で,私の眉もなぞってくれた。私も母におとらず薄い。おそらく母はふびんに思ったか,チリ紙で指をぬぐう代わりだったのかもしれない。
ところで,私にはふと気になることがあった。
「もしも,あの薬を塗った<指>の方にも毛が生えてきたらどうしよう?」と。
もしもそうなったら…,そうだ,歯ブラシの代わりになるではないか。そう考えると,毛が生えてくるのがいっそう楽しみになってきた。
母にこのわくわくするもくろみを提案すると,「そうなったらいいべなあ」といって笑った。
だが,その夢はかなわなかった。眉にも指にも待ち望んだ毛は生えてはこず,依然,薄眉とただの指のままの母と私である。
そんなことがあってから,雑誌などに,指で薬を塗るらしい記事があると,気になってしかたがない。
「これを塗ると胸が大きくなる」とか「お尻が“小尻”になる」というが,その薬をぬった<指>はいったいどうなるんだろうと思ってしまうのだ。(記:2005年1月29日)
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